わかりやすくなければならないのはなぜか?

~ビジネス書の読者はいつも初心者~ 

 

■著者が陥るエアポケット

株の本は書店にたくさん溢れています。売れてもいるのでしょうが、いくらなんでも多すぎないかというくらいあります。

これだけあると、類書と一線を画すような斬新な切り口で書かなければいけないと思いますよね。

ではどうやって違いを出しましょうか。

専門家であるほど次のような思考プロセスをとります。

A.既存の本は一般論ばかりだ

B.もっと高度な手段がある

C.一般論からステップアップしたい読者もいるはずだ

D.上級者向けの株式投資の本を出そう!  

一般論、入門書ばかりが並んでいると、その方面の専門家としてはより高度なものが必要とされているのではないかと思いがちです。

他のテーマであっても同様。「課長の勉強法」を出したら次は「部長の勉強法」。その次は取締役。

英語の本でも初級、中級、上級とありますから、ステップアップは自然な考え方ではあります。

ところがいかに考え方が正しくても読者がいないことには商業出版はできません。一般にステップアップするほど読者は減ります。

ABCD、どの段階に問題があるのでしょうか。

どこで現実との齟齬が発生したのか。

それは「C」です。

上級者向けの株の本というのもないわけではありませんが、だいたい経済学の専門書の棚にあります。

一般ビジネスマンや主婦はあまり寄り付かないコーナーです。ここにあってははっきり言って売れません。

一般論からステップアップしたい少数の読者は、実はさっさと経済学書の棚に行ってしまっているのです。ゆえにビジネス書のコーナーに残っている大勢の読者は、みなさん初心者ばかりです。

書店をのぞくときはビジネス書フロアーだけでなく、ついでに他の階もいくつか見ておきましょう。思わぬ本が哲学や宗教、自然科学のコーナーにあったりして意外な発見ができます。

■中級上級の読者はどこにいる

ビジネス書は、なぜ一般論や初心者向けの入門書ばかり出しているか。それはそこに読者が多いからです。

入門書ばかり何冊も読んでいても同じことが書いてあるだけで、最初の一冊以外はムダじゃないかという意見があるかもしれません。

専門家になればなるほどそういうことを主張されるようです。

英語の勉強法を記した本も書店に溢れるほど並んでいます。

しかし、英語の入門書を何冊も読んでもそれで英語ができるようになったという人には、いまのところ一人も遭ったことがありません。

英語の本でも株の本でも、本を読んでいるうちは永遠に入門どまりです。実際に英語を使うか、株式投資を体験しないうちは、いくら読書を重ねても初心者のまま。

英語の本をいくら読んでも英語ができないのは、英語の本がほとんど日本語で書かれているからです。英語も株も実際にやってみないことにはステップアップは望めません。

そして実際にやってみるようになったときには、もうテキストから離れてしまうのです。

実際に株式売買を始めてしばらく経てば、恐らく本を読むことから離れてしまい、次に本のことを考えるのは自分で出版でもしようかというときでしょう。

株を始めてから本を読むという人は実際稀なのではないでしょうか。四季報のようなデータブックは別として。

つまりビジネス書を読んでいる人は、常に入門者であり初心者なのです。

■専門書の販路は流れが違う

いわゆる専門書、医学書や建築工学のほかにマネジメント関係でも職務分掌規定とか労務管理規定といった分厚い書籍がありますが、これらはそもそも一般の本とは商流が違います。

高額の専門書であっても、大型書店には、万引き防止のため大抵は棚の上のほうですが、一冊くらいは置いてあります。

ですが実際の販売は書店ではなく直販が主力です。

大体このような専門書を買う人(会社)は限られています。

医学書を読むのが趣味という人はいるかもしれませんが、極めて限られた数で購入者は普通医療関係者ばかりです。

職務分掌規定や労務管理規定などはどこの会社でも使う機会はあるとはいえ、数年に一度か10年に一度あるかないかのことのために高額な本を購入する会社はやはり稀で、コンサルティングを生業とする機関や個人しか買いません。

特定の読者が対象ですから一般書店に置いても数が出ませんし、数が出ないから本体は高額になります。一冊2万円とか3万円、絵画や骨董品関係だと10万円位するものもあります。

余談ですが、ブックオフに行くと場違いに高額な豪華本が置いてあることがあります。古書でも価値のあるものは、ブックオフで売られることはまずありません。

ブックオフは業態として古書店ではなく安売り店ですから。

何なのかと思って見てみると、某強面団体が資金集めのためにつくった本とか某企業の記念史にわざわざ高額な定価をつけていたとかいうものでした。

よんどころない事情で購入した人、あるいはもらった人が持て余してブックオフに持ち込んだのでしょう。あるいは作り手のほうで余っちゃった在庫なのでしょうか。

■初心者にアピールするには

そういうわけで、高額の専門書はもっぱらダイレクトメールなどで販売されており、書店にあるのは1500円から2000円の入門書や初心者向けの本ばかりとなります。

つまり、一般書店のような不特定大多数を対象とする市場で、そのほとんどを占めるのは入門書や初心者向けの本です。ビジネス書はまさにこの市場でしのぎを削り合っているわけです。

ビジネス書の読者が初心者である以上、やはりわかりやすくつくらなければそうしたマジョリテイに応えることはできません。

ビジネス書がわかりやすさを求める背景はこういったことです。

著者の企画も読者は初心者なのだということを念頭に置いて、初心者にアピールする方向で考える必要があります。

指向すべきは上位に向ってステップアップすることよりも、さらに視線を下げてよりわかりやすくするための手法です。

よりわかりやすい手法を模索するというのも、実際これまたもの凄く難しいこと。専門家が素人の立場で考えるというのは、なかなかできそうでできません。

できない例を一つ挙げます。

日経新聞が出す『日経新聞の読み方』。

何冊も出ていますが、何度やってもまったくわかりやすくない。本当は自分たちもわかっていないのかもしれません。

■まとめ

ビジネス書の命はわかりやすさということの背景をくどくどと書きましたが、理由がわかったからといってわかりやすく書けるというものでもありません。

初心者にアピールするには、わかりやすいということばかりではなく、知られざること、新しいことを紹介するという手段もあります。

まずは、新しいか、わかりやすいか、とりあえずこの二つの視点でご自身の企画を分析してみてください。

そういうことでまた来週。  

 


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